始まりの波紋

 

 

「こりゃしばらく止みそうにねぇな」

 

 

 

顔を上げ呟くバルフレアの視線の先には土砂降りの雨。

バケツをひっくり返したような激しい雨はバルフレアの言った通り、止む気配は全くない。

見上げた空は厚い雲に覆われ夜のごとく暗く、先ほどまで往来に居た人も皆大慌てで走り回り出店が消えていく。

そんな光景をとバルフレアは一つの屋根の下で眺めていた。

 

ここに居合わせたのは本当に偶然。

 

先にこの場所でが雨宿りしていると、後からバルフレアが駆け込んできたのだ。

いつもオシャレに着込んでいるベストを―――なぜか手に持って・・・。

掴んでいるベストも、下に着ている上等のブラウスもずぶ濡れ。

長時間雨の中にいたらしく皮のボトムまで水気を帯び、重たそうに見える。

は退屈しのぎで読んでいた手の平サイズの本をパタンと閉じるとタオル生地のハンカチを取り出した。

「どうぞ」

濡れた衣服を拭うにはあまりにも小さなハンカチ。

それでも頭のてっぺんからボタボタと落ちるその水気を、顔の範囲だけでも拭うことはできるだろう。

「助かる」

ハンカチではなく、差し出した手を掴み甲にキスを落としてそう礼を言うとバルフレアはハンカチを手に取り、濡れた顔を拭った。

「ついでに一気に服が乾く魔法でもあったら有難いんだがな」

「ファイアでよろしかったらかけますけれど?」

あるはずもない魔法を期待されてそう返答すると「いや、いい」と手で拒否された。

 

改めてバルフレアの濡れっぷりを見てみる。

バケツ一杯の水を直接かけられたように本当に全身ずぶ濡れ。

いつも綺麗に整えられている髪も水気をたっぷり吸って下へと流れている。

 

そこまで濡れている原因をは遠くから見ていた。

突然降り出した雨にが慌ててこの場所へ避難した直後目に飛び込んだ光景。

バルフレアが女性を連れて歩く姿を。

女性が濡れないよう自らのベストで雨から守ってやり、

自分はずぶ濡れになりながら家まで送り、そしてバルフレアより明らかに年上の女性に対して別れの熱いキス。

そしてバルフレアは女性が家の中まで入ったのを見送ってからのところまで駆け込んできたのだ。

ある種、献身的とも思える紳士な態度に見るこちらは呆れる。

回想した感情そのままバルフレアを見上げていると、目が合った。

「いい男だろ?」

考えていることがバレたのか、たまたま偶然なのか、ニヤリと人の悪い笑みでバルフレアはそんなことを言い出す。

よくもまぁ自分のことをそう言えるもんだ、と更に呆れるがあながち外れでもないので

「まぁ、ある意味では」と素直じゃない言い方をすると「なんだそりゃ」と笑われた。

 

こんなに長い時間2人だけでいるというのはとても珍しい。

いつも一緒に旅をしているのに、あえて避けてるわけでもないが接点は少なかった。

あると言えば怪我をした時、魔法で治療するくらい。

だからバルフレアとこうやって顔を合わせた時どのような会話をしていいのか分からない。

手持ち無沙汰な状態でジッとしているのが苦手なは再び本を取り出し開いた。

 

「雨を止める魔法はないのか?」

本を読もうとした途端バルフレアから声をかけられる。

「ウォーターならありますけれど?」

「そりゃ逆効果だろうが」

「そうですね」

本へと視線を落としたまま会話をすること2往復。

サッと訪れた沈黙。

聞こえてくるのは激しい雨音のみ。

直後バルフレアは盛大なため息をついた。

そしてハッと気が付けばの手から本が消える。

驚いて顔を上げれば、の本はバルフレアの手の中にあった。

何をするのか、と手を伸ばせば本は更に高みへ上げられる。

更に伸ばせば、より高い位置へ。

「バルフレアさんっ」

「ほらよ」

咎めるように名を呼ぶとバルフレアは開かれていた本をパタリと閉じてすぐさまへ返した。

だが受け取ろうとが本を掴んだのにバルフレアは離そうとしない。

少し引っ張れば引っ張り返された。

明らかな意地悪だ、と再び顔を見上げればバルフレアも真顔でこちらを見下ろしていた。

 

「人が隣に居るってのに本を読むとはいいご趣味だな」

一瞬言ってる意味が分からず顔をしかめた。

「会話は互いの瞳を見て話すもんだ。本を読むのは一人の時にしてくれ」

顔を合わせないまま会話をするというのは相手にとって拒絶感を与える。

本を見たまま会話をするの態度がお気に召さなかったようだ。

確かにごもっともな意見だが、どうも「俺の相手をしろ」と言外に訴えられているような気分になるのは気のせいだろうか?

その証拠に、取り上げるかのように本を再度引っ張られた。

「分かったか?」

―――でなけりゃ雨が止むまで没収してやる。

ニヤリと笑む嫌な顔がそう言ってるのがヒシヒシと伝わり「分かりましたっ!」と半ば投げやりに答えると

バルフレアは「いい子だ」と満足気な笑みで掴んでいた本を離した。

 

 

「じゃあ早速、何か話題を振ってもらおうか」

突然の要求に「は?」と返答したが、先ほどの光景を思い出して素直に気になる話題を出してみた。

「じゃあ―――質問しますけど、バルフレアさんって女性のことをどう思ってるんですか?」

「・・・・・・いきなり突然だな」

予想外の話題を振られて、さすがのバルフレアも少々驚いていた。

「女性のことを大切にしているようですけど、それって誰に対しても扱いは同じなの?」

バルフレアの反応などお構いなしには素直に思った疑問をそのままつらつらと並べ立てる。

「なんだ、俺のことが気になるのか?」

「ええ、そりゃあ」

引っ掛けるように言ってみたつもりがは顔を赤らめることなくストレートに頷いた。

「あんな場面見せられたら誰だって疑問に思いますよ」

付け足されたの言葉で、バルフレアはようやくここへ雨宿りするまでの光景を見られたのだと知った。

だからこんな質問してくるのか・・・。

バルフレアは胸中で苦笑した。

「以前、この街に立ち寄った時一緒に居た女性とは別の人ですよね?」

「そうだったか?」

「昨日酒場で一緒に居た女性も、また別の人でしたよね?」

「ほぉ、よく見てるんだな」

クイ、と片眉を上げるバルフレアの視線の意味に気付かずは質問を続ける。

「―――特定の女性・・・作る気ないんですか?」

余計なお世話だ。

一瞬そう返答しかけたが、何か話題を振れと言い出したのはバルフレア自身だ。

 

少し相手をしてやるか・・・。

 

バルフレアは考えるように腕を組んだ。

 

「いい女が居たら手に入れるだろうな」

「“イイ女”? バルフレアさんにとって、その“イイ女”はまだ見つからないんですか?」

「生憎な」

「一緒に居る女性、どれも美人じゃないですか」

更なる美人を求めているということなのか?とは考え、

あれだけの美女ばかり連れ歩いているのに勿体無い、とは言った。

 

「残念だが美人と性格の悪さは時として比例していることがある。俺が言ってるのは見た目だけの話じゃないってことだ」

 

確かに美人であればあるほどワガママだったり高飛車だったり・・・。

実際バルフレアに高価な物をねだる女性の姿を何度か見たことがある。

その時嫌な顔せず、欲しがる物を与えているバルフレアの姿も同時に見たことがある。

快く思っているのかと思えば事実はそうではないということのようだ。

 

「なるほど。・・・でも、そう見るとバルフレアさんって来るもの拒まずなんですね」

「女性にはな」

「でも去ろうとしても追わないでしょ?」

「欲しい物以外は、な」

そう言葉を濁したが、バルフレアの元から去ろうとする女性を追う姿など見たこともない。

「さっきの女性も同じ?」

変わらず美人であったが、バルフレアより年上なのは見て明らかだった。

あの女性もバルフレアの元へ来た類に入るのだろうか。

そしてバルフレアは先程の言葉通り、来る者拒まず・・・

「許容範囲の広いことで」

ある意味関心するわ、と付け加えると少し不機嫌になったようにバルフレアの眉がピクリと動いた。

 

「さっきから俺の話ばかりなんだな」

「話題を振れと言われたもんだから―――」

暴くのは好きだが、暴かれるのは好きではない。

「じゃあ今度は俺が話題を振ってやる」

言いかけてる言葉を遮って少し不機嫌そうな表情のままバルフレアがずいと近寄ってきた。

「口を開けば俺の質問ばかりだが、なんでそんな話題ばかり振る?」

言葉に力を込めて言うとの表情が少し変わった。

「気を悪くしました?」

 

今頃遅いんだよ。

そう心の中で返答したが口には出さない。

「いいや。むしろそんな話を聞きたがるお前の本心が知りたいね」

「私?」

不思議な声では自らを指で指すと、バルフレアが肯定の色を示すようにニヤリと笑んだ。

「本心も何も・・・ただ気になったから聞いてみただけで」

「質問の内容といい、よく俺のこと観察しているみたいだな」

「そりゃ一緒に旅をしているんだから、周りの人のことは見るでしょ?」

 

なんて事はないように言うだが、仲間ということだけでここまで人の行動を知るというのはよほど注意深く見続けないと知り得ない。

しかし本人はそのことに全く気付いていないようだ。

そのことに押さえきれなくなったのか、バルフレアは肩を揺らしてクックックッと笑った。

突然喉の奥で笑い出すバルフレア。

何事か、と訝しげな表情ではバルフレアの様子を見ていると、笑いを漏らしながら更に近づいてきた。

一定の距離を保とうと後退るを追いかけるように更にバルフレアは近づいていく。

「なんなんです?」

何がしたいのかわからない。

そう言うと身体がくっつくほど傍に寄ると

後々逃げ出せないようにバルフレアはの両脇へと腕を伸ばし、の背後にある店の建物へと手を付く。

 

 

「―――俺のことが好きなんだろ?」

そして縮まった距離の分、囁いたバルフレアの言葉。

 

直後襲うように訪れた沈黙。

いきなり発したバルフレアの言葉にの目は点になり、開いた口は塞がらずポカンとしている。

そして徐々にバルフレアの言葉の意味を理解したのか顔を沸騰させていった。

「ち、ち、違いますよッ!!!」

「嘘つけ。そうじゃなけりゃ女の入れ替わりなんて一々確認してるかっての」

全力で否定するに事実を突きつけると更に慌てふためいて「違う」と主張してきた。

「本当に違いますっ! そんなつもりで質問したんじゃありませんッ!」

「ここらへんで自覚したらどうだ?」

「ちがいますー!!」

全くもってそんな気など起こしていない。

「ずっと俺を見てただろ?」

「偶然ですッ!!」

ただ目に付く場所にバルフレアがたまたま居たから見ていただけに過ぎない。

「時々交わす会話も、こっちを全く見ようとしないしな」

「そ、それは、たまたま本を読んでいる時と重なるから―――」

「違う。普段の話だ」

会話もマトモにしたことがないのに好きになるなんて・・・

「俺を眺めてる時の自分の顔を見たことあるか?」

「は?」

「すっげぇ、ふて腐れた顔してるぜいつも」

「そんな顔絶対してませんっ」

単に呆れてただけで・・・好きになるなんてありえない・・・

 

「―――っ」

普段とは違う低い声で名を囁かれ肩がびくりと跳ねる。

 

「もう認めちまえって」

顔を見なくても分かる。今絶対ニヤニヤと人の悪い嫌な笑みを浮かべてこっちを見下ろしているはず。

「素直に好きって言ったらどうだ?」

「お断りしますっ」

水気たっぷり含んだブラウスとボトムで抱きつかれそうになり、キッパリと断ってバルフレアの胸板に手を付き、突っぱねた。

だがちょっと押した程度じゃバルフレアの身体は退いてくれるはずもなく、

仕方なしに先程バルフレアが語った言葉で正論を叩きつけようとした。

 

「去る人は追わないんでしょ」

「欲しい女じゃなかったらな」

「だったら退いてください」

「悪いが退くつもりはないね」

 

「逃げようとするのを許せるわけがない」

 

来る者は拒まず。しかし去る者は追わない。

だけど欲しい女はとことん追いかける。

そう軽口を言ったバルフレアの言葉と今囁いた言葉・・・

掛け合わせてようやく知った事実に腰がくだけそうになった。

「おっと」

腰に腕を回されて身体を支えてもらったけど、その引き換えに濡れた身体と密着する。

「冷たっ。私の服まで濡れちゃったじゃないですかっ」

「安心しろって。宿に帰るまで当分かかる」

それは雨のことを言っているのか・・・それとも・・・

「こんな往来で変なことしないでくださいよ」

「変なこと? 結構やらしいこと考えるな」

「違いますッ!!」

バルフレアのからかいに顔を真っ赤にして否定すると再びバルフレアは肩を揺らしてクックッと笑った。

「安心しろよ。人に見せ付けてやるほど俺は軽くないんでね」

その言葉にホッと胸を撫で下ろしたのもつかの間

「この建物の真後ろが連れ込み宿って知ってたか?」

「っ!!」

次の言葉に驚く間も無く、いつの間にやらふわりと浮かぶ感覚。

この男は、恋だの愛だのに首を突っ込んだ瞬間ナニかするつもりだというのか。

「ち、ちょっと・・・待ッ」

慌てて紡ぐ言葉も虚しく強引に口付けられる。

「待たない。 いいから黙ってろ」

そして拒否の言葉を紡げないよう再び口付けられる。

角度を変えながらバルフレアは雨が降る中、足を進めた。

 

 

 

二人が去った雨宿りの場所には 手の平サイズの小さな本が1冊―――。

 

 

 

END

 

 

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サイトOPENの記念に、Strange Dream」のエミリア様より

受け賜った素敵夢小説です。

本当にすばらしい!何でしょう、このバルフレアのかっこよさは!

そしてヒロインの可愛らしさは!

この小説のために、うちのヒロイン設定を重視していただくという有難さです。

 

エミリア様>>

タイトルは好きに付けちゃっていいとのことで、付けさせていただいたのですが、宜しかったでしょうか?

何だか素敵小説をぶち壊してしまいそうなタイトルなのですが…。

雨の落ちる波紋と、ヒロインの心に落ちる恋の波紋みたいなイメージなのですが…伝わりませんね、すいません。

本当にとても素晴らしい小説をありがとうございました!