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「…暑いなぁ…。」

 

戻ってきた。遠く離れたビュエルバに到着。そして帝国の艦内に突入。

ここまでの道のりを思い出せば、この柔らかい砂の感触は懐かしいとも思える。

 

 

“誘拐”から一夜明け、着いた先は西ダルマスカ砂漠のはずれ。

更に西へと進むと、大砂海が広がるようだ。

 

「これも仕事柄ですか。」

 

皆が降りた後、上空のシュトラールを隠すバルフレアにアーシェは言った。

ビュエルバにて、侯爵の声で脅かされたことをまだ根に持っているのかもしれない。

 

「有名人のつらいところさ。こうでもしないと、すぐ見つかる。」

 

こうでもしないと、と示したように 先程まで大きく存在を表していたシュトラールが

透明になり、景色と混ざりあっていてとても確認できない。

 

「さて、飛空艇はここまでだ。この先は『ヤクト』だからな。」

「砂の海を越えて、死者の谷に向かいます。目指すレイスウォール王墓は、その奥に。」

 

詳しい所在地を確認しあうアーシェとバルフレア。

真面目に話し合っている二人のその横では、

真剣の一文字も見当たらないはしゃぐ声が聞こえ、アーシェとバルフレアの会話を中断させた。

 

「『ヤクト』ってのはさ、飛空石が働かない土地のこと。だから飛空艇で飛んでいけないんだ。」

「飛空艇のことだけは詳しいのね!」

 

聞いた事のないヤクトに疑問を持ったパンネロに、見事説明できたヴァンは

パンネロの褒められ、ふふんと腕を組んだ。

そして自慢げにこう続けた。

 

「まあね。そりゃ空賊目指してるし。―――って、おい!『だけ』は余計だろ!」

 

そうして再び、わはははと笑うヴァンとパンネロを見て、バルフレアはアーシェに向けてこう言った。

 

「道中退屈しそうにないな。」

 

と。バルフレアの横に立っていたフランも、面白そうに眺めていたが

それに反してアーシェは、呆れたように頭を押さえて溜息を吐いたのだった。

 

 

「でも、よかった―――。」

 

 

突然後ろから聞こえたの声に、アーシェは驚いて体を揺らした。

そして疑問に思う。

…よかった?何が?

 

「パンネロと再会できて。ヴァン、あんなに楽しそう!」

 

「そうね」とフランが短く返事をすると、とフランは言葉を交わしながら砂海へと歩いていた。

先程まで騒がしかったヴァンとパンネロも。バッシュとバルフレアも。

一人離れ背中を見つめる。

 

なにも良くなんかない。

どうして私がこんなことを…――――

 

アーシェにとって、とても居心地はいいものではなかった。

まだバッシュへのわだかまりが消えたわけではないし、

バルフレアとフランも、ここへ来るまでの足が必要だっただけで、空賊という身分はとても信用できるものではない。

残りの三人。つまりはヴァン、パンネロ、に至っては問題外だった。

成り行きで付いて来たとしか言いようがない、“お荷物”同然。

戦闘で力になるとも考えられない。

 

 

それでも。目の前に広がっている現実は理想とはかけ離れてる。

 

こんな者達の力を借りなきゃいけないのは…――――私が無力だから…?

 

 

 

「ウォースラ………。」

 

 

アーシェの切ない呟きは、砂と共に風が連れていく。

 

 

 

 

***

 

 

 

「砂海」というだけあって、砂漠が広がっているのかと思いきや、

目に入るのは一帯に建つ大きな……

 

「油田…ですか?」

 

の問いに、バッシュはから視線を反らし

一面の油田施設を眺め、ぽつりぽつりと説明し始めてくれた。

 

「地底の油を汲む施設らしい。放棄されて久しいようだが。」

「ダルマスカが建てたのか?」

 

ヴァンの言うとおり、ここ一帯はダルマスカに近く、

敗戦するまでは名のある王国だったのだから、ダルマスカが建設したとしてもおかしくはない。

 

「いや、ロザリア帝国だ。アルケイディア帝国と覇権を争う、西の大国さ。

 二つの帝国のはざまで、多くの国が滅んだ。 ダルマスカ、ナブラディア、

 ――――ランディス。」

 

 

 

 

「小さな国はな、大国の顔色をうかがうしかないんだ。」

 

 

『!!』

 

 

 

突然聞こえた声に一瞬身構えたが……

知っているその顔に、硬くした体をゆっくりと解いた。

 

「ウォースラ!なぜここが!?」

 

バッシュがそう叫んだように、振り返った先にいたのは

ビュエルバの飛空艇ターミナルで別れたウォースラ本人だった。

 

 

 

「驚いたぞ。ビュエルバに戻ってみればアーシェ様もお前も消えていたんだからな。

 ――――まさかお前が空賊の手を借りるとはな。」

 

「バルフレアは信ずるに足る男だ。何よりもアーシェ様の意志だった。

 ならば俺は支えるだけだ。――――あの方が全てを失った時、俺はなんの役にも立てなかった。」

 

バッシュの声から、彼の悔しさがどれほどの大きさか分かる。

家臣であるラスラを守れなかったこと。

偽者が行ったこととはいえ、アーシェの父を死なせてしまったこと。

この2年間、拘束され傷心するアーシェの力になれなかったこと。

その全ての思いが糧となり、今のバッシュを突き動かしていると言っても過言ではないだろう。

 

「今度こそ、どこまでも支えると誓った。」

 

「それも騎士の道のひとつか。…アーシェ様は?」

 

 

 

***

 

 

本当、ウォースラさんと再会できて良かったと思う。

それはもちろん、戦力的にとても有利になるからでもあるけど…

アーシェにとって、一番いい状況だからだ。

 

何とか、張り詰めたアーシェの心を少しでもゆるくしようと話しかけてみても 反応は同じ。

一人でいたい…というより、一緒に話す気がないようだった。

それでも。

ウォースラさんと話している今のアーシェの顔は、少し優しい表情で。

アーシェの心が穏やかなのは明らかだ。

 

 

「そうですか――――やはり「暁の断片」はレイスウォール王墓に。

 オンドール侯も、今は殿下のお気持ちを理解なさっているはずです。

 帝国の手前もあり、誘拐の件は伏せられていますが―――――――。」

 

 

――――――あれ…?

 

 

「それよりウォースラ。あなたの成果は?」

 

 

 

何かが引っかかる…。

 

 

 

「すぐに出るぞ。ここらはウルタン・エンサの縄張りらしい。話の分かる相手じゃない。

 追い込まれる前に抜け出す。いいな。」

 

 

 

何だろう、この気持ち…

 

 

 

もやもやしてて…形が分からない……疑問?

 

 

 

 

 

どうし!」

 

 

 

 

――!? あ…バルフレア。」

「暑くて呆けてるのか?ウルタン・エンサ族がそこまで来てる。 面倒なことになる前に逃げるぞ。」

「は、はい!」

 

 

もうちょっとですっきりしそうな所だったけど…

どうやら状況はそんな呑気なことを考えている場合じゃないみたい。

ウルタン・エンサ族は乱暴って聞いたことがあるから…追いつかれる前に駆け抜けないと。

 

 

「ウォースラ。ダルマスカ再興の手段は見つかったの?」

「…まずは「暁の断片」を手に入れます。すべてはそれからです。」

 

 

 

 

 

***

 

 

「つ…疲れたぁ…」

「もう歩けねぇー!」

 

そう口にすると、ヴァンも残りの体力を振り絞るように声を上げた。

砂海を一気に駆け抜けたはいいが、さすがにみんなの体力もピークに達し へなへなと座りこんでいった。

それはそうだ。

普通は何時間もかかる道のりを、ここまで短時間で通ってきたのだから。

だがそのおかげで、ウルタン・エンサ族との遭遇は最低限に出来た。

 

「…ええ。ウォースラ、ここならエンサ族もいないようだし…今日はここで休みましょう。」

「殿下がそれで良いのであれば。分かりました。」

 

 

日も暮れ始め、丁度エンサ達の気配もしないため、私達はここで野宿することに決まった。

この分だと、明日には死者の谷に着くんだそうだ。

 

 

 

「ウォースラさん、どうぞ お水です。」

「…すまんな、助かる。」

 

 

小さな水袋を渡すと、ウォースラさんは少しだけ優しい表情になった。

前のリヴァイアサンの時を思うと、打ち解けてきた…と思う。

 

「ウォースラさんが来てくれて良かったです。

 バッシュさんのこと、疑いは晴れても やっぱりウォースラさんがいると、アーシェも安心できるようですし…。」

 

 

あれ?

 

 

またあの時と同じ もやもやとした気持ちがふと返ってくる。

 

 

 

「ウォースラ、ちょっといいかしら。」

 

アーシェの声がして、今までウォースラさんを引き止めていたことに気付く。

落ち着いて話をする時間がなかったから、これからのことを話し合いたいのかもしれない。

 

「あ、どうそ!引き止めてしまってすみませんでした!」

 

水を渡すだけのつもりが長くなってしまった。

暗くなってしまう前に、明日の支度でも整えようっと。

 

 

 

 

。あの子、不思議な子ね。」

「…そうですね。一緒にいると、心が洗われるようです。」

 

日が落ちてきて、すこし涼しくなった辺りを二人は歩く。

 

だけが、私の背中を押してくれたわ。おじさまに反論してまで。」

「そんなことがあったのですか。」

「…それで…ウォースラ。ダルマスカ再興の方法は…。」

「…………………。」

 

 

「すまない、ウォースラ。少し手を貸してくれ!」

 

 

「すみません、殿下。バッシュが呼んでいるので失礼します。」

「あ―――ウォースラ……。」

 

 

そう言って、遠くで手を振るバッシュの元へと走り去るウォースラに、

アーシェは何も、言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

もやもやした気持ちがどんどん大きくなってくる。

変だなぁ…ずっと忘れていたのに、どうして思い出したんだろう…。

 

ウォースラさんと話していたら思い出して…

 

確かあの時もウォースラさんのことを考えてたんだ…

アーシェの心が安らぐなぁって…

 

 

そうだ。

ここにいることはオンドール侯爵だって、知らない。黙って出てきたんだから。

それなのにここはヤクトで、飛空艇でも来れない場所だというのに…ここにいた。

本当は…私達より早く到着していた……?

 

 

 

 

 

どうして…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――どうしてウォースラさんはここが分かったんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

***

勘が鋭いヒロイン。

以下はコミックスのネタバレです。

 

 

 

 

ちなみにコミックスではナム・エンサ砂漠(つまりはこの辺りから)

はじまります。2話目からアーシェとラスラさまのお話になっちゃったけど;

ヴァンが少しだけどちゃんと主人公してました。

バルフレアは相変わらずでイイトコ持って行きます。(笑)