05
「…ここがビュエルバ…。」
バルフレアの シュトラールに乗ってやってきた場所。
空中都市ビュエルバ。
その国を治めるオンドール侯はバッシュの死を公表した張本人であり、
そのため一応は帝国からの自由を保っている。
「だめです、いません!」
「よく探せ!!」
ターミナルに出た途端、そんな帝国兵の声が響いた。
「…私たち?」
心配になって前を歩くバルフレアに、は尋ねたが
「いや…違うみたいだな。」
その言葉通り、帝国兵は急いだ様子でターミナルを去って行く。
他の、誰かを探しているようだが用心するに越したことはないだろう。
いつどこで、自分たちの正体がばれるとは限らないのだから。
「あんたは死人だ。用心してくれ。名前も出すな。」
「無論だ。」
今帝国が見つけ出そうとしている人間が、自分達の中にいるとするならば
それは間違いなくバッシュだ。
気付かれたらここで終わり、そう思ってのバルフレアの発言だったが、
バッシュも同じ事を思っていたようだ。
…数分後に、今のやりとりは無駄になってしまうとは誰も予想していなかったに違いない。
「(わぁ…素敵…!)」
まさに絶景とも言える美しい青空が広がっている。
「ルース魔石鉱はこの先だ。最近あそこの魔石は品薄らしいが。」
バルフレアの言葉で我に返る。
観光で来た訳ではないのだ。早くパンネロを助け出さなくては。
一行が歩みを進めようとした瞬間、後ろからそれを呼び止める少年の声が聞こえた。
「魔石鉱へ行かれるんですね。僕も同行させてください。奥で用事があるのです。」
「どんな用事だ?」
「では…あなたが方の用事は?」
彼の目的を探ろうとしたものの、言葉を返されバッシュは返答に困った。
何故ならその物腰や身なりから、目の前の彼がそれなりの高貴な人物なのがわかる。
うかつに喋ってばれてしまえば厄介になりうる。
「いいだろう。ついてきな。」
「助かります。」
意外なバルフレアの台詞に、さすがのヴァンも「えっ?」っと声を上げる。
今までのバルフレアの行動からして、こういう“面倒”が増えることは嫌っていたからだ。
「お前、名前は?」
「はい、ラ――、ラモンです。」
ヴァンの問いかけに、名前を言うだけで一瞬言葉を詰まらせた“ラモン”に疑問を抱くよりも先に
ヴァンの一言でこの場は一気に凍りつく。
「分かった。多分中でいろいろあるけど、心配ないよ。 なぁ、バッシュ。」
「「「!!!!」」」
先程あれだけ言っていたのに。
たちは驚き、フランは苦笑を浮べて小さなため息をついた。
3人は思った。先程のバルフレアの言葉は、バッシュではなく、ヴァンに言うべきだったのだと。
だがしかしどうしてこの場で運悪く、バッシュに話を振ってしまうのか…。
どれだけ後悔しても言ってしまったことはもうどうしようもない。
バルフレアとバッシュは呆れたようにため息をして、歩き出した。
フランやラモンもそれに続いて歩いて行く。
「あれ…?俺なんか悪いこと言った?」
「ヴァン…。あなたってすごいわ…。」
いろんな意味で、と心の中で続けた言葉は黙っておこう。
***
質のいい魔石が出るということも、ここで働く者が多いのだろう。
にぎわう街の中を歩きまわり、ようやくついたルース魔石鉱前。
「ルース魔石鉱だ。イヴァリース有数の鉱脈さ。」
「ここの警備は帝国軍が?」
バルフレアとバッシュの会話を聞いていたのか、ラモンが2人の間に入る。
「いえ、ビュエルバ政府は特例を除いて、帝国兵の立ち入りを認めていません。
――――では、行きましょうか。」
やけに詳しいラモンに疑問を抱いたのか、バルフレアとバッシュは顔を見合わせた。
「暗いのね…先が見えないわ。」
「何だよ、。怖いのか?」
茶化して笑っているヴァンに、バルフレアはすかさず注意をした。
「おい、ヴァン。静かにしてろよ。奥まで響くだろうが。」
「ぶー…」とヴァンは拗ねたように黙ったが、忘れてはならない。自分達は凶悪なバッガモナン一味に狙われているのだ。
声を聞きつけていきなり襲ってくるとも限らない。
すると突然、フランの足が止まる。
「誰か来るわ。それも、鎧の音がする。」
ヴィエラであるフランの耳は確かだ。
気付かれないように、皆は物陰にそっと隠れ、辺りを見回した。
「念のためにうかがうが、純度の高い魔石は、本国ではなく―――」
「…すべて秘密裏にヴェイン様のもとへ。」
供を連れて歩くその姿から、ここで働きに来ている者ではなさそうだ。
「貴殿とは馬が合うようですな。」
偉そうな物言いをした男を見つめる。
「あれは…ジャッジ・ギース…?どうしてここへ?」
気付かれないように小さな声で、はそう言ってバルフレアを見た。
こういうことに察しがいいバルフレアも、なかなか確実な答えにたどり着かないようで
とバルフレアはまた、会話を続ける2人に視線を向ける。
「それはけっこうですが、手綱をつけられるつもりはございませんな。」
「ならば鞭をお望みか?つまらぬ意地は貴殿のみならず、ビュエルバをも滅ぼすことになる。」
どこからどうみても、政治的な会話であることは間違いなさそうだ。
お互い、腹の探り合いをしているようにも思える。
彼らが遠くへ行ったのを確認したラモンは、すっと立ち上がり口を開く。
「ビュエルバの侯爵、ハルム・オンドール4世。ダルマスカが降伏した時、中立の立場から
戦後の調停をまとめた方です。帝国寄りってみられてますね。」
「反乱軍に協力してるってウワサもあるがな。」
「…あくまでウワサです。」
先程から物知りなラモンを不審に思ったバルフレアがついに問いかける。
「よく勉強してらっしゃる。
――――どこのお坊ちゃんかな。」
何者なのか、を。
その問いにラモンが答える様子はなく、しびれをきらしたヴァンが、バルフレアの詮索を止めた。
「どうだっていいだろ。パンネロが待ってるんだぞ。」
「パンネロさんって?」
「友達。さらわれてここに捕まってる。」
ヴァン自身、責任を感じているのだろう。
盗みに入り、心配をかけさせたかと思えば今度は怖い目に合わせてしまったことに。
いつになく神妙な顔つきで、ヴァンは奥へと走りだし、それを追ってラモンも駆けていった。
「まったく、あいつは…。」
ため息交じりにバルフレアはヴァンの後姿にそう呟いた。
ラモンにとっては天の声のように思えたかもしれないが、また厄介事が増えそうな予感に苦笑する。
「ふふっ、しょうがないわ。あれがヴァンのいいところなのよ、きっと。」
自分とは異なった楽しそうなの声に、
「どうだかな…。」と小さく笑う。
顔を見合わせて、2人も先を行く皆を追った。
そんな2人を、微笑むようにフランが見つめていたことは、誰も知らないけれど。
***
真っ暗な坑道を抜け、採石場へ足を踏み入れればそこは。
「これを見たかったんですよ。」
ラモンがそう思うのもごく当然のことにも思える。
先程の坑道とは天と地の差のように、辺りは青く輝いて幻想的な雰囲気を漂わせている。
「すてき…なんて綺麗なの…。」
「あぁ…美しいな。」
それはやバッシュ、他の皆も同じようで。
一時の間、時間を忘れ景色を見回していた一行だが、ラモンの持ち出した石にヴァンが気付く。
ここにある鉱石と同じような、それ。
「なんだ?」
「破魔石です―――人造ですけどね。」
「はませき??」
何だそれは、とでも言うようにヴァンは首をかしげているが、微かに反応を示した者がいた。
…バルフレアだ。
「普通の魔石とは逆に、魔力を吸収するんです。」
「そんなことが出来るのですか?」
今度はが質問する。
人造とはいえ、魔石のエネルギーを根本から変えるなど、聞いたことも無いからだ。
「はい、人工的に合成する計画が進んでいて、これはその試作品。“ドラクロア研究所”の技術によるものです。
やはり、原料はここの魔石か――。」
合点がいったようにそう呟いたラモンに、先程よりも眉間の皺を濃くしたバルフレアが
つかつかと歩み寄る。
「用事は済んだらしいな。」
「ありがとうございます、後ほどお礼を。」
「いや、今にしてくれ。お前の国までついていくつもりはないんでね。」
確信が出来たのか、じりじりとラモンにつめより、壁へと押しやって行く。
和やかな雰囲気とは一変、まさに険悪なムードな2人に、誰も話しかけられない。
否、話しかけてはいけない気がする。
「破魔石なんてカビくさい伝説、誰から聞いた?何故ドラクロアの試作品を持ってる?
あの秘密機関とどうやって接触した?」
逃げ場を失ったラモンに、決定的ともいえる鋭い問いが浴びせられる。
「お前、何者だ―――?」
「おい、バルフレア―――」
さすがにこの状況を危ないと感じたのか、ヴァンが止めに入ろうとするが、
突然けたたましい雄叫びが坑道を通り抜ける。
「待ってたぜ、バルフレア!ナルビナでは上手く逃げられたからな、会いたかったぜ?
さっきのジャッジといい、そのガキといい、――金になりそうな話じゃねぇか。オレも一枚噛ませてくれよ。」
タイミングが悪いというか、なんというか…。
厄介な時に厄介者の登場で、バルフレアはふぅっとため息をつく。
「頭使って金儲けってヅラか。お前は腐った肉でも噛んでろよ。」
「バールフレアァッ!!てめぇの賞金の半分は、そのガキで穴埋めしてやらぁ!」
あからさまな嫌味に、怒り震えるバッガモナンだが、こちらの目的はバッガモナン一味ではない。
パンネロの救出だ。
「この野郎!パンネロはどこだ!」
「アァ?餌はもう必要ないからな。途中で放してやったら、泣きながら飛ンで逃げてったぜ!」
睨みつけるヴァンに対し、バッガモナンはけらけらと笑っていたのだが
隙をついたラモンが持っていた破魔石を投げつける。
突然のことでひるんだバッガモナンを尻目に、ラモンは投げた破魔石を拾い上げ、一目散にかけて行く。
まだ事を理解していないバッガモナンをバルフレアは押しのけ、皆も出口へと走り出す。
「!走るわよ!!」
「…うん!」
次々と起こっては過ぎてゆく目の前の出来事に戸惑っていただったが
フランの声に促され、追いつかれないように 全速力で走り出した―――――
とても走りやすいとはいえない、ごつごつした地面に何度も足を掬われそうになる。
私は、どこへ逃げているんだろう――、どこへ、向かっているんだろう―――…。
ふと思い出す、昔の記憶。
他の子は、あんなに楽しそうに遊んだり、好きなことをして過ごしているのに。
大人たちだって、穏やかに一日を過ごしているのに…。
遊ぶことも、外に出ることも許されず ただ毎日厳しい修練を繰り返すだけ。
母の呼ぶ声も無視して 教会から抜け出したことがあった。
一人で泣いている私に声をかけてくれたのはいつだって同じ。
『…!』
『泣かないで、一緒に遊ぼう?』
「(イブ……レイ……)」
じんわりと視界が歪む。
泣いちゃだめ、と心に言い聞かせて更に足を動かす。
「!」
はぐれそうな私を気遣ってくれたのだろう、ヴァンが手を引っ張ってくれる。
そうして私たちは、数時間前通った道を 猛スピードで戻っていった。
***
バッガモナンを振り切り、光の射す出入り口への階段を上る。
暗闇に慣れた目では、少し眩しい。
「また供の者もつけずに出歩かれたようですな、ラーサー様。」
聞き覚えのあるその声に、すばやく壁に身を隠し、外の様子を伺う。
オンドール侯と共に、先程この魔石鉱を訪れていたジャッジ・ギースだ。
「…パンネロ!?」
帝国兵に捕まれ、しゅんとしているパンネロの姿を見るや否や、
そとに出て行こうとするヴァンをバルフレアが止める。
「ジャッジ・ギース。あなたの忠告に従い―――これからは供を連れて行くことにしましょう。」
しかしその手は帝国兵へは向かわず、パンネロの手をつかんでラモンは歩き出した。
その様子を見てか、
「困ったものですな。」とオンドール侯に向かってギースは言う。
表情は見えないものの、その言葉から苦虫を潰したような顔をしているだろう。
「よろしく、パンネロ。」
「あ、はい…!」
だんだんと小さくなって、仕舞いには見えなくなってしまったパンネロの姿に、
ヴァンは悔しそうに呟く。
「なんでパンネロが―――。何考えてんだよ、ラモン。」
「ラモンじゃない。ラーサー・ファルナス・ソリドール。皇帝の四男坊――――ヴェインの弟だ。」
採石場での出来事、そして今さっき見た状況。
ラモンの正体がラーサーであると気付いたのだろう。
「あいつ!」
“帝国”という響きに、途端にヴァンは怒り ラーサーを追いかけようとしたが
フランの声に静止する。
「大丈夫。彼、女の子は大事にする。」
「フランは男を見る目はあるぜ。」
バルフレアらしい言い回しではあるが、フランの言ったことに間違いはないだろう。
正体は隠していたものの、初めから彼は丁寧な物腰だった。
それでも納得がいかないのか、ヴァンが「でも!」と濁す。
「彼、あの女の子があなたの友達だって分かったから庇ったと思うの…。
それに…バッシュさんの正体、気付いてたと思うわ。でもギースには言わなかった…。
優しい人よ、大丈夫!きっと守ってくれる。」
そんなの言葉にヴァンが返答するよりも先に、眉をゆがめ、バルフレアはをじっと見る。
「な、なに…?」
今回はまだ何も余計なことしてないよね、とバルフレアに咎められそうな行動を記憶から探ってみるが、
思い当たる節がない。何か気に障ることでもしたのだろうか。
そっとに近づき一言。
「少しは自分の心配しろ…。」
のおでこに、拳で軽くこつんとして外へ出て行く。
何のことだろうと考えていると、
「涙の跡があるわ…。」
フランに言われてやっと気付く。
我慢したはずが、泣いていたようだ。
「えぇっ!大丈夫かよ!」
「突然走ったからな…怪我等していないか…?」
フランの言葉に心配してくれたのだろう。
ヴァンとバッシュも声をかけてくれる。
「……大丈夫!何だか色々起きて、びっくりしちゃっただけなの!」
そう言って 会話を終わらせるように外へ出る。
心の中が知られちゃいけないんだ。
もう誰も、失わないために――――。
ちゃんとお祈りだって、誓いだって守る。
だから今は、
みんなと一緒にいさせてください。
太陽の光が、眩しかった。
***
絡みが少ない感じもしたけど。
今回もちょっとだけヒロインの過去が。
核に触れるのはもっと先だけど、ヒロインもだんだん変わっていけたらいいな。