07
夜もすっかり深まり、たちは屋敷を案内されながらオンドール侯の元へと向かっていた。
まさにお金持ちといった感じの豪華な内装で、高そうな壷をうっかり壊さないように ゆっくり歩く。
昼間の一件から時間が経っているし、
バッシュ生存の話は オンドール侯の耳にも届いていることだろう。
初めて直面する、政治的な争いがこの先待っていると思うと久しぶりに緊張した。
ギィィと大きな扉が開かれ、入った部屋の中は先程より一層明るくなる。
その先に、オンドール侯はいた――――
「バッシュ・フォン・ローゼンバーグ卿。私は貴公が処刑されたと発表した立場なのだが?」
バッシュの姿を見るなり、低い声でそう言うと
周りにいたたちに冷たい視線を向ける。
ぐっとバッシュがオンドール侯へと歩み寄り、話を続けた。
「だからこそ、生かされておりました。」
「つまり貴公は私の弱みか。」
脱獄してきたからこそここにいるのだが
元をたどれば、バッシュはナルビナにて拘束されていた身。
「バッシュ将軍は処刑された。」という
オンドール侯の言ったことが嘘だと分かれば ビュエルバ領主の立場や
調停をまとめた者としての信用もなくしてしまうだろう。
帝国はずっと早いうちから、世界的地位を揺るがすカードをもっていたのだな…。
「ヴェインもおさおさ怠りない。――――で?」
「反乱軍を率いる者が帝国の手に落ちました。救出のため、閣下のお力を。」
当時、意図を掴めず、ヴェインの言うままに発表した「バッシュ処刑」の話が
帝国の策略だとすると、その捕まった反乱軍を率いる者とはやはり……
「貴公ほどの男が救出に乗り出すとは―――よほどの要人か。」
バッシュはそっと胸に手を当て、頭を下げた。
オンドール侯の脳裏には、昔の記憶がふとよみがえる。
「おじさま!」
花のようにふわりと笑い、自分の名前を呼ぶ幼い少女の顔が目に浮かぶ。
だがしかし、今ここで地道に進めてきた解放軍の計画を壊されては台無しなのだ。
「…立場というものがあるのでな。」
「ラーサーに会わせてくれ!俺の友達が一緒なんだ!!」
良い方向には進みそうにない話に痺れを切らしたのかヴァンが大声を出して侯爵に近寄った。
その頃、屋敷の上空では戦艦リヴァイアサンが到着しようとしていた。
オンドール侯は立ち上がり、ヴァンとバッシュを見つめ、先程よりも早口で言う。
「人足遅かったな。ラーサー殿のご一行はすでに帝国軍に合流された。
今夜到着予定の船隊に同行して、ラバナスタに向かわれる。」
「ローゼンバーグ将軍。貴公は死中に活を見出す勇将であったと聞く。
あえて敵陣に飛び込めば―――貴公は本懐を遂げるはずだ。」
本懐を遂げる―――オンドール侯の言葉を頭で整理する。
敵陣に飛び込む…到着予定の船隊…
それはつまり…
「…おい!」
同じ答えに行き着いたのだろう。
面倒は御免だと横からバルフレアがバッシュを呼び止める。
しかし振り返ったバッシュの顔は決意に満ちていて
「悪いな、巻き込むぞ!」
鞘から剣を抜いたと同時に
「侵入者を捕らえよ!」
オンドール侯の声が響き渡る。
ドンッ!と大きな音を立てて、警備兵たちが次々と入ってくる。
「ジャッジ・ギースに引き渡せ。」
「…きゃっ」
「…おいっ離せよ、何すんだよ!」
あっという間に拘束され、連行される。
少々、無茶とも言えるが 何とかバッシュの目的もパンネロ救出にも
一歩近づいたようだ。
***
手首が重い。
きっちりと付けられた鉄の手枷は、ずしりと重く、自然と前かがみになってしまう。
兵士に囲まれながら、艦橋へ向かわされる。
胸がむかむかする。沢山の兵士たち、思い出すのはあの日の悲劇だけ―――
「連行しました。」
その兵士の声に顔をあげると
目の前には、いつか見たジャッジ・ギースの姿と…一人の女性。
凛とした美しい顔なのに、その顔はどこか張り詰めたように強張っていた。
キッと視線を鋭くさせてツカツカと歩み寄ったかと思えば
「!」
「なぜ生きている、バッシュ!よくも私の前に!」
私のすぐ目の前にいるバッシュの頬を、平手打ちした。
驚いている間もなく、ギースが口を開き放った言葉にさらに驚く。
「君たち、いささか頭が高いのではないかな。旧ダルマスカの王女―――
アーシェ・バナルガン・ダルマスカ殿下の御前であるぞ」
「こいつが!?」
そのヴァンの口ぶりだと、彼らは以前出会ったことがあるのだろう。
そういえば、ナルビナに連行される前に女の子が一緒だったとか言ってったっけ…。
それを証拠に、いつもは冷静なバルフレアとフランも、顔を見合わせて驚いている。
「もっとも身分を証明するものはないのでね。今は反乱軍の一員にすぎない。」
「解放軍です。」
鋭い視線を今度はギースに向け、すかさず訂正するアーシェ王女。
しかしその視線を気に止めることもなく、ギースは話を続けて行く。
「執政官閣下は、ダルマスカ安定のため旧王族の協力望んでおられる。
いたずらに治安と人心を乱すものには―――例外なく処刑台があてがわれましょう。」
こんな理不尽な話はどこにあるだろう。
自国を滅ぼした相手に協力…という屈辱を呑むか、
自ら死を選べといっているのだ。この目の前の男は。
「誰がヴェインの手先になど!」
なるつもりはない、と反論するアーシェ王女だったが
彼女を救出にやってきたバッシュがそれを止めた。
「亡きグラミス陛下から預かったものがある。万一の時には、私からアーシェ殿下に渡せと命じられた。
ダルマスカ王家の証、「黄昏の破片」。殿下の正統性を保障するものだ。私だけが、在処を知っている。」
「待て!父を殺しておきながら、なぜ私を!生き恥をさらせというのか!」
一秒の間もない会話に耳がキンと痛む。
それと同じくらい、心も痛くなっていく。バッシュは…陛下を殺してなんかいないのに…。
「それが王家の義務であるなら。」
「いいかげんにしろよ!お前と一緒に処刑なんて嫌だからな!」
「黙れ!!」
まさに感情のぶつけ合い。
頭がずきずきと痛む。「ちょっと落ち着いて!静かにして!」と
思わず口に出してしまいそうになった瞬間、ヴァンの手が淡く光だした。
「ヴァン、それは!」
「王宮の宝物庫で―――。」
「おいおい―――。」
運が良いのか悪いのかは別にして…。
今まさに話しに出てきた「黄昏の破片」とやらが、ヴァンの手の中にある。
これでアーシェ王女の身分を証明できるのだから処刑はないはずなのだが…。
「けっこう!もう用意してありましたか。手回しの良いことだ。」
「…やめなさい!」
黄昏の破片を渡そうとしたヴァンをアーシェ王女が止めようとしたが、
ヴァンは“これでいいよな”という風に、バルフレアとフランを見やる。
二人がうなずいたのを確認し、魔石はヴァンの手から離れた。
「約束しろよ。処刑はなしだ。」
「ジャッジは法の番人だ。
連行しろ。アーシェ殿下だけは別の部屋へ。」
先程あれだけ理不尽なことを言っておきながら、何が法の番人か。
そう思い、ギースに視線を向けるが
彼の目は魔石をただ見つめていた。
「ヴェイン・ソリドール…。なぜ、こんなもののために―――――。」
重い足取りで艦橋を出た私たちには、
当然その呟きを聞き取ることなどなかった。
***
「君が持っていたとはな。これも縁だろう。」
「俺を巻き込んだのも縁かよ。」
「黙って歩け!」
ヴァンに向けて言った台詞に返事をしたのは
ヴァンではなく またも巻き込まれてしまったバルフレア。
兵士の注意を無視し、バッシュたちは会話を続ける。
「あの場では他に手はなかった。仕方あるまい。」
「任務が優先か。さすがは将軍閣下。それにしても、あれが王女とはね。」
「貴様ら静かにしろと―――!」
ガッと武器片手につかみ掛かった兵士だが、
まさにその行動を待っていたとバルフレアが上手く交わし、気絶させる。
そんなバルフレアに攻撃を仕掛けた兵士を、今度はバッシュが倒した。
まさに、見事な連携プレー…。
すごいなぁと見惚れていると、突然後ろから兵士のうめき声が聞こえてきた。
また敵が来たのかと構えるバルフレアをバッシュが静止した。
それもそのはず。
「侯爵の手引きか。」
鎧を取り、バッシュに視線を送るその姿は…かつての戦友といったところだろうか?
「初めて頭を下げた。いいか。ダルマスカが落ちて2年、俺は一人で殿下を隠し通してきた。
敵か見方か分からん奴を、今まで信じられなかったのだ。」
「苦労させたな、俺の分まで。」
向かい合い、言葉を交わす二人。
信じられなかったのは、きっとオンドール侯だけではないはずだ。
だが今、お互い助けなければならない人物は同じ。
誤解を解く言葉など、もう必要ない。
「助け出す。力を貸してくれ。」
「ああ。」
力強い見方を得て、私たちはアーシェ王女救出へ動き出した――――。