10
「あの調印式の夜―――。父の死を知ったウォースラは、ラバナスタに戻って私を救出させました。
ヴェインの手が伸びる前に、あなたに保護を求めようと。」
「ところが当の私があなたの自殺を発表―――。帝国に屈したように見えたでしょうな。」
オンドール侯の言葉に、アーシェはゆっくり頷いた。
それを見た侯爵は、視線をそらし 更に言葉を続ける。
「あの発表はヴェインの提案でした。
当時は向こうの意図がつかめぬままやむなく受け入れましたが―――狙いは我らの分断であったか。」
「でも、それも終わりです。私に力を貸してください。ともにヴェインを!」
嘘の発表など、理由がわかれば小さなこと。
アーシェには侯爵を疑う気持ちなど、これっぽっちも残っていなかった。
ヴェインの思惑が分かった今、協力すればヴェインを倒すこともできるはず。
「抱っこをせがんだ小さなアーシェは―――もういないのだな。」
「それでは、おじさま――――。」
アーシェは当然、侯爵からいい返事が返ってくると思っていた。
しかし、告げられた言葉にアーシェは打ちひしがれる結果となる。
「しかし、仮にヴェインを倒せたとして、その後は?王国を再興しようにも、王家の証は奪われました。
あれがなければ、ブルオミシェイスの大僧正は、殿下を王位継承者とは認めんでしょう。」
最終的な目的はダルマスカの再興であるアーシェにとって、まさにガラガラと崩されていったようだった。
頭からつま先まで「無理だ」と否定されたアーシェは言葉を失った。
「王家の証を持たない殿下に、今出来ることは何ひとつございません。
しかるべき時まで、ビュエルバで保護いたします。」
「そんな――、できません!」
「では、今の殿下に何ができると?」
再び声を失ったアーシェに、侯爵はもう一度小さな声で「何も出来ません」と呟いた。
その呟きに、我慢できなくなって思わず声を出してしまった一人。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
だった。
視線が一斉にへと向く中で言葉をつづけた。
「アーシェ殿下は、国を護りたいのに手を尽くせない自分を、とても悔やんでおられます。
何も出来ないなんて、あんまりです!それに、黙って見ていろだなんて…アーシェ殿下が傷ついていくだけじゃないですか!
だいたい、大僧正様はあんな石ころで人を判断される方ではありません!」
王女を庇うなど、100年早いと思われても 大きなお世話だと言われても構わなかった。
出会ったのも数時間前のことで、アーシェのことをよく知っている訳でもない。
だけど。リヴァイアサンで見た、彼女の悲痛なまでの思い。
何とかしたいのに、何も出来ない苛立ち。王家としての責任を一人で抱え、悩み苦しむ姿。
侯爵の言っていることは間違いない現実だ。
だが、このままビュエルバで現状を見つめていろというのなら、アーシェの心はきっと潰れてしまう。それもきっと現実だ。
「…王家の証を石ころとは…面白い方だ。
聞けばあなたは聖職者らしいな。そんなあなたに何が分かるというのだ。君が世界を変えるとでも?」
「――――――ッ!」
侯爵の言葉に、明らかにうろたえた。
その背を皆は黙って見守っていたが、神妙な面持ちでバルフレアは見つめていた。
正確には元聖職者らしいが…どちらにしろ恥ずべきことでもないし むしろ誇りに思うことだ。
だがは、自分が聖職者であったことを、触れられたくないもののように隠そうとする。
そう、バルフレアが尋ねたときも 驚いたように顔を強張らせたのをよく覚えている。
それがずっと不思議でたまらなかったのだ。
「確かに私は…政治のことなどよく分かりません…でも…! 私は間違ったことを言ったとは思ってないですわ!」
「ほう…ではどうする。希望だけではどうすることも出来ないことがあるのをお忘れか。」
「…希望がなければ、未来など作ることはできません…!」
侯爵にそう言い返したその姿勢に、いつもののにこやかな雰囲気はない。
先程からびくびくと震えているというのに引き下がらないのは、にも意地があるからだろう。
長い沈黙。両者睨みあったまま、口を開こうとしない。
「――…それはそうと、王女様を助けた謝礼はあんたに請求すればいいのか?
まずは食事だ。最高級のやつをな。」
上手く話をそらしてくれたのだろう。
あのまま話していても
と侯爵の話はもちろん、アーシェと侯爵の話もきっといい方向へは進まなかったのだから。
「用意させよう。少々時間が…――――――」
肩を落とし、力なくアーシェは侯爵に背を向けて歩き出した。
暗くなったその顔に、ヴァンとパンネロは心配そうにその姿を見送った。
そしても。
いつもなら話の最中に立ち去るようなことはしないのだが、
これ以上、この場にいるのが苦痛なのだろう。
強張った顔つきのまま部屋を出て行った。
***
「…さっ、てと!」
食事を済ませたヴァンの足は、シュトラールを泊めてある発着ポートへと向かっていた。
空賊志望のヴァンにとって、飛空挺は憧れの的。
仲間の中に、バルフレアという空賊がいて 飛空挺が見れるというだけで
ヴァンの心を弾ませるのは十分だったのだ。
「あれ…?」
シュトラールの中へ入った途端、どこからか物音がする。
聞き耳を立てると、どうやら操縦席から聞こえてきているようだ。
バルフレアかな?愛機に持ち主がいるのは当然の事。
しかし、そこにいたのは想像した人物とは違い、アーシェの姿だった。
「何やってんだよ!これ、バルフレアの船だぞ!!」
突然のヴァンの声に、一瞬驚き 手を止めたアーシェだが
ヴァンの姿を確かめると 再びガチャガチャと操縦席を探りはじめた。
「『暁の断片』を取りに行くの。もうひとつの王家の証。在処は知ってるから。
――――飛空挺は後で返すわ。」
必死なアーシェの気持ちは分からないではないが、
平然と人の所有物を使おうとする身勝手なアーシェの言葉に、ヴァンは反論した。
「なんだよソレ!」
「私はやらなきゃいけないのよ!死んでいった者たちのためにも!
なのに隠れていろだなんて!…ひとりで戦う覚悟はあるわ。」
やっと長年のしがらみも解け、協力し合えると信じていたオンドール侯爵に突きつけられた現実。
力を貸してくれないのなら、私一人でやってみせる。
それくらい、アーシェの決意はゆるぎないものだった。
「ひとりって―――バッシュは!だいたい人の飛空挺を勝手に――――。
王女のくせになんだよ、お前!」
「『お前』はやめて!」
『そのくらいになさい、殿下。』
突然オンドール侯爵の声が聞こえ、二人は驚いて振り返った。
しかし、後ろにいたのは 変声機を手にした シュトラールの持ち主バルフレアの姿。
侯爵ではないにしろ…あまり良い展開とはいえない。
「―――なんてな、驚いたろ?仕事がら、こういうのがあると、何かと便利でね。」
「『お前はやめて。』」
再び変声機を口に近づけ、アーシェを真似る。
俯き、作業を止めたアーシェに バルフレアは続けていった。
「侯爵に引き渡す。」
「待ってください!」
「その方があんたのためだ。」
バルフレアの言うとおり、アーシェ自ら剣を取って戦うことも 再び帝国に捕まることもない。
これからのことを考えるのならば、ここに残り 安全に過ごすことが身のためだろう。
「では―――誘拐してください!あなた、空賊なんでしょう?盗んでください、私を、ここから!」
「俺になんの得がある?」
「覇王の財宝。『暁の断片』があるのは、あのレイスウォール王墓なんです。」
正直のところ、アーシェを盗んだところで 帝国に狙われる羽目になるのだから
バルフレアに得なことはないと言えよう。
だがしかし、目的地は世界に名を列ねたレイスウォール王墓。
さぞ素晴らしい宝がと、バルフレアはヒューと口笛を吹いて感嘆を表した。
「あのレイスウォール王墓か。」
「そして君にかかる賞金も跳ね上がる。何しろ王族の誘拐となれば重罪だ。」
背中を押した声の主はバッシュ。
そしてその後ろには、、フラン、パンネロの姿もあった。
「煽った家来も同罪だろうな。」
バルフレアの台詞に少し顔を緩め、バッシュはアーシェの元へと近寄った。
「ウォースラに変わり、同行します。」
バッシュのその言葉に、アーシェは頷いた。
何も言わなかったのを見ると、彼女のバッシュへの蟠りも解けつつあるのだろう。
「ヴァンたちはどうするの?」
さらわれたパンネロも無事救出できた今、この先どうするのかを決めるのはヴァンたち自身にある。
フランの問いかけにヴァンはすぐさま返答した。
「行くよ、行くって!こんなとこに置いてくなよ!」
「じゃあ、私も!」
えっ、と驚くヴァンをよそに、パンネロは座席に陣取りその決意を表した。
ヴァンにしてみれば、これ以上パンネロに危険な目を合わせたくないのだろうが
その思い以上に、パンネロのヴァンに対する思いは大きなものだった。
「ひとりはもういや。」
切ない表情で見つめるパンネロに、ヴァンはたった一言「分かった」と言った。
「はどうするの?」
「私は…―――――――。」
…の心は揺れていた。
共に付いて行くのを、嫌がっているわけではない。いやむしろ、付いて行きたいのだ。
そこまで答えが出ていて、口に出来ないでいた。
オンドール侯に突きつけられたのは、厳しい現実だけではない。
自分は、聖職者だった。
村を守り、平穏に暮らせるための希望。
村から出て、みんなと出会ってこんなに楽しい思いは初めてだった。
だからためらう。
自分の所為で犠牲になっていったあの二人を無視し、自分だけが幸せになろうとしている。
一緒に行きたい!…でも言えない。
そのたった二つの意見が の頭の中をぐるぐると回っていた。
「(…言わなきゃ…。このままじゃ…私がみんなと一緒なのを嫌がってるって思ってしまう…。
そうじゃないんだって、言わなきゃ。でも私……どうすればいいの?このまま終わってしまうの…!?)」
「――…なんだ、来ないのか?俺は当然あんたも来ると、頭数に入れてたんだが。」
「――――――えっ」
「何言ってんだよバルフレア!が来ないわけないだろ!」
なっ、とヴァンに肩を掴まれぐらぐらと揺すられる。
その勢いに「う、うんっ」と気の抜けた返事を返してしまった。
そう、幸せにならないことが償いではないと 自分が子供達に教えてきたことだ。
ちゃんと伝えよう。付いて行くって、自分の口から。
「私…。私も一緒に行きたい!」
そう腹の底から出した大きな声に、皆は笑顔でを見つめた。
「決まりね。侯爵に気付かれる前に発ちましょう。
――――――誘拐犯らしくね。」
かくして7人となった一向は、王墓のある大砂海へ
暗い夜の闇の中を飛び去っていった。
***
初めて「私を誘拐してください」というアーシェの言葉を聞いた時は
正直複雑な思いでした。バルフレアに言ったからじゃないですよ。
「どこかで聞いたことあるなぁ」と思ったら…9ですよね。
9でのシーンは(ラストでも関係してくる)とてもロマンチックでとても好きです。
ジタン、カッコいいし。ストーリーも好きだなぁ…。
プレイしたことなかったらごめんなさい。