名前をつけるにはあまりにも曖昧で
淡くてぼやけている気持ちは
確かに不確かなものだったのに
18 Loveless - You Don't Know -
翌朝。
未だ帝国との「友好」に踏み切ることは出来ないようだが
アーシェはラーサーと共にブルオミシェイスへ向かうことを決めた。
「共に行きます。ブルオミシェイスへ。」
「そう言っていただけると信じてました。」
「まだ心を決めたわけではないのです。向かう間に答えを見つけます。」
アーシェにとって、神都へ向かう決意をしたことがどれ程重大なことか理解しているようで
ラーサーは「それだけで充分」と言うようにゆっくりと頷いた。
「会って欲しい人がいます。
ブルオミシェイスで落ちあうことになってるんです。」
「誰です?」
「敵ですが…味方ですよ。
あとは会ってからのお楽しみです。」
“敵だが味方”
そこまで言っておいて、一番気になる部分は教えてくれそうもない。
これではこれから毎晩気になって眠れないではないか。
「ああいうとこあるんだよな。」
「悪気はないのでしょうね。」
「いいやつだよ。帝国なのにさ。」
顔を見合わせて微笑みあうヴァンとアーシェ。
とパンネロと共に
前を歩くラーサーを追いかけた。
里からそっと離れて行く5人を、バッシュ そしてバルフレアとフランは見守っていた。
「神都ブルオミシェイスはヤクト・ラムーダの北部だ。
ヤクトに入れば 飛空艇による追撃は避けられるか 。」
「望み薄だな。
リヴァイアサンはヤクト・エンサを飛び越えて 直接レイスウォールの墓へ乗りつけた。
ヤクトでも飛べる新型飛空石――可能にしたのはどうせ破魔石だ。」
通りで奴らが狙うわけだ、と呆れながらそう話すバルフレア。
バッシュがそんなバルフレアの、旅の当初と今と わずかな違いに疑問を持ったのは
彼が日ごろから皆をよく見ているからなのかもしれない。
「それでは君こそ何が狙いだ。
同道してくれるのは心強いが。」
「破魔石を奪う気じゃないかって?まぁ仕事柄、疑われるのは慣れてるが
今そんな気は欠片もない。何なら剣にでも誓おうか?」
「―――すまん。殿下は君を頼っている。真意を知っておきたかった。
君が石にこだわっているように見えてな。」
バッシュの言葉に、バルフレアは一瞬目を見開いた。
破魔石という言葉が出てきた頃から、バルフレアは「帝国と破魔石がどうのこうの」と
気にしている様子だった。
「物語の謎を追う――主人公なら誰でもそうだろ。 」
これ以上干渉するなと、その背中が語っていた。
***
昨日通ったばかりの平原の道を引き返し
途中、何度かガリフ族の戦士や狩人とすれ違った。
たった一晩過ごしただけだというのに、ガリフの里に懐かしさを感じるのは不思議なものだ。
「えっと…それで、これからどこへ行くんだっけ?」
忘れちゃったよ、とけろっと言い放つヴァンに、
「昨日ちゃんと聞いただろ。」とバルフレアは頭を抱えた。
「まず東にあるゴルモア大森林を抜け、パラミナ大峡谷を越えた先。
そこに神都ブルオミシェイスがあるんですよ、ヴァンさん。」
ラーサーの丁寧な説明に、ヴァンは「そうだそうだ」と笑って答える。
…この様子だと、明日にはまた同じ質問をするに違いない。
「………フラン?」
ピタっと足が止まってしまったフランを不思議に思ったのか、
が声をかけると 驚いたように返答した。
「フラン、大丈夫…?あまり顔色がよくないようだけど…。」
「………ええ、平気。大丈夫よ。」
過去を捨てた私には、もう何も関係ない。
森を離れ、過ごしてきた時間も、自分も 後悔したくない。
ただ、それだけ。
「ダルマスカと帝国の友好―――ですか。」
楽しげに会話を続けるラーサーとヴァンたちの後ろでは
アーシェは、帝国と友好を結ぶか否かをずっと考えていた。
「頭では分かっているの。今のところ、大戦を防げる唯一の手段だわ。
でも私に力があれば、そんな屈辱―――!」
ぐっと唇をかみ締めるアーシェに、
バッシュはまるでそんなアーシェにさとすように 言葉を紡ぐ。
「我々にとっては恥でしょう。しかし民は救われます。」
「あなたは受け入れられるの?」
英雄から裏切り者へ。
今なおダルマスカ全ての者に恨まれ続ける。
そうならざるを得ない状況になったのは、帝国の陰謀があったからこそ。
「私はヴェインに利用されて名誉を失いましたが―――今なお騎士の誓いを忘れてはおりません。
人々を戦乱から守れるのであれば―――どのような恥でも、甘んじて背負います。
国を守れなかった、その恥に比べれば――――。」
バッシュの国を思う信念は、どんなときもゆるぎなかった。
自分が犠牲になっても、誰かを守ることができるのならばそれでいいと。
「――――みんな帝国を憎んでいるわ。受け入れるはずが無い。」
「希望はあります。 あのように、手を取り合う未来もありえましょう。」
そこには、数分前と変わらず
笑いあうヴァンたちの姿があった。
***
「ここが…ゴルモア大森林…。」
は痛くなるほど首を上げ、その森を見渡した。
緑がおおい茂ると言うよりも、真っ暗でほんの少しの先まで見えないほどだった。
「ボサっとするなよ、行くぞ。」
コツン、とバルフレアがの頭を叩く。
とはいえ日が暮れてしまう前に、進んでしまわないと夜の森は危険だ。
急がなくてはならない。
一行はぽっかり大きな口をあけた森の中に足を踏み入れた。
「なんだ…これ―――?」
ヴァンは、膜のように張られた青い紋章に触れてみた。
向こうの道は見えているにも関わらず、触れれば跳ね返され 見事に行く手を遮られていた。
「…何かの結界ではないかしら…?」
「でも、こっちで間違いないよな。地図にはこっちがブルオミシェイスって書いてあるぞ?」
首をかしげながら、とヴァンは結界に手のひらを当ててみた。
やはりそれでも、先程と同じように その手が向こうへと通ることは無かった。
「ゴルモアの森が拒んでいるのよ。」
「私達を―――?」
「私を――かしらね。」
そう言うと、フランは結界の前から離れ 明後日の方向へと歩き出した。
フランに続き、バルフレアも結界へは目もくれず そちらへと向かう。
「寄ってくんだな。」
「ええ。」
「過去は捨てたんじゃないのか?」
「他に方法がないから。」
フランは途端に足を止め バルフレアを険しい顔つきで見つめた。
「あなたのためでもあるのよ。焦っているでしょう。破魔石がそうさせているの?
―――あなた、意外と顔に出るのよ。」
図星を指されたように、バルフレアも一瞬顔を曇らせた。
「つまり…どういうこと?」
おい、ねぇ、ちょっと。
ヴァンのこれで何度目かの呼び止めに、フランはようやく返事を返した。
「こういうことよ。」
フランが指先で何か呪文を描くと、今まで確かに何も無かったはずが
突然目の前に道が現れた。
「この森に暮らすヴィエラの力を借りるわ。」
「もしかして ここってフランの――――。」
「…今の私は招かれざる客よ。」
フランとバルフレアは、緑色に輝く道の先へ進んで行く。
…多くの状況を知っているのも理解しているのも 他の誰でもないバルフレア一人だけだろう。
この先に住むヴィエラたち。呪文を描き、道を現せたフラン。
先程のパンネロの言葉通り、フランの故郷があることは間違いない。
それにも関わらず、フランはまるで自分が他人のように「客」だと言った。その上、招かれていないと。
知らない事情に浮かぶ 疑問と、不安。
一行は、この後 フランの言葉の意味を理解することになる。
エルトの里――――
先程の結界を解くためには「レンテの涙」が必要らしく
そのレンテの涙を手に入れるためにも エルトの里に住む“ミュリン”を探すようにフランから託った。
奥へ奥へと進むのをためらってしまいそうなほど、冷たい視線が一斉にこちらに向いているのが分かる。
「なぁ、ミュリンって子がいるだろ?呼んできてくれよ。」
「――――早々に立ち去れ。」
そう言って宮から出てきたのは ヴィエラの長ヨーテ。
やはり長ということもあって、彼女が放つオーラは他のヴィエラとは違う。
単調な言葉であるのに鋭く、険しく感じ取れる。
「ここは人間(ヒュム)に許された地ではない。」
「ミュリンに会えたらすく出てくよ。」
「会えるものか。」
「会わせてくれるまで出て行かないからな。」
こういうときのヴァンの行動力は、目を見張るものがある。
ひるんでもおかしくはないのに、ヴァンは決して引き下がろうとはしない。
こちらにはこちらの、果たさなくてはならない目的があるのだ。
「私たちはブルオミシェイスへ向かわなければならないのです。あの結界を解くためにこちらへ訪れました。
あなた方の里に危害を加えるつもりはありません。それとも、あの結界とヒュムは何か関係があるのですか?」
「…………………。」
の問いに、ヨーテは何も答えようとしなかった。
そんな様子から、一向に事が進まないと感じたヴァンは
「勝手に探すから」といって、元来た道を戻ろうとした。
しかし、振り返った先には 入り口で待っていたはずのフランの姿が。
「森の声が聞こえたの。この里にミュリンはいないわ。
ヨーテ、あの子はどこ。」
「なぜたずねる。あれの行方を告げる森の声―――ヴィエラなら聞き取れるはずだが。」
フランは俯き、言葉を失った。
「聞こえんのか。鈍ったものだ。ヒュムと交わった報いだな。
森を捨てたヴィエラはもはやヴィエラではない―――森を去ったミュリンもな。」
「だから見捨てようってのか。」
「里の総意だ。ヴィエラは森と共にあらねばならん。
それが森の声であり われらの掟だ。」
淡々と述べるその表情には、どこか揺れがあった。
ヴィエラは心が無いわけではない。心配しているに決まっているのだ。
「じゃあそっちは掟を守ってろよ。
こっちが勝手に助けるんなら 文句ないだろ。」
森を出たヴィエラを放っておくことがヴィエラの掟なら
そんなもの関係ない俺達が、助けてやるよ―――と。
ヴァンの勢いに押されてか、ヨーテは風をまとい 森の声を聞いた。
「ミュリンは森を去って西へ向かい―――
“鉄(くろがね)をまとうヒュムどものあなぐらをさまよっている”
それが森のささやきだ。」
つまりそこへ行けば、ミュリンを見るけることが出来るのだろう。
フランとヨーテは、目を合わせたまま離そうとしない。
「…ヴィエラは森の一部だとしても 森はヴィエラのずべてではないわ。」
「その言葉…50年前にも聞いたな。」
もしかしたら。
50年前の、フランが森を去った時も口にしたのかもしれない。
イヴァリースという世界に生きる全てのものたち。沢山の種族が関わり、共に生活する。
海もあれば山もあり、砂漠の土地もあれば 雪に覆われる土地もある。
あらゆるものが存在するこの世界では 確かに“森”はほんのわずかなものでしかないだろう。
とはいえ、この里はヴィエラの住む地に変わりはなく
これ以上ここにとどまることは 荒らしてしまうのと同じ。
「待たれよ。」
立ち去ろうとしたヴァンたちはヨーテの声に驚いた。
引き止められたのは、フランではくだった。
「そなた、ヒュムではないな。」
「…………え?」
当の本人は、驚いているというより 何のことだかさっぱりという感じだった。
「私はヒュムですよ。
確かに歳の割には小さいですが…どこからどう見てもヒュムじゃないですか。」
はそう言うと、皆と共にヨーテの前から姿を消した。
「姿だけが、真実とは限らない――――。」
***
ゴルモアの森を出た頃にはすっかり夜になっていた。
“鉄をまとうヒュムのあなぐら”
どうやらそれは、オズモーネ平原の南に位置する「ヘネ魔石鉱」ではないかという結論に至った。
とはいえ夜の平原を出歩くのは危険。
一行はちょうど森の入り口付近で野宿を取ることにした。
エルトの里では大健闘した(女性に歳を尋ねたのは除いて)ヴァンと
いついかなるときも 戦闘で頼りになるバッシュと
さすがにこんな大掛かりな徒歩での旅は初めてであろうラーサーは すっかり夢の中にいた。
そんな中、バルフレアは微かに聞こえる歌声に誘われて
その声の元へと向かった。
「…いいのか、ラブソングなんて唄って。」
「賛美歌の方が私に向いているかしら?」
祈りの後だか前だかは知らないが、月の光に照らされは唄っていた。
好きで好きで仕方ないのに、うまく伝えられない
手を伸ばしても、触れることの出来ない
どれだけ走っても、そばにいけない
そんな切ないラブソング。
「いや…賛美歌よりも向いてるさ。」
「ふふふ、ありがとう。」
この気持ちに気付かなければよかった
「ねぇ…バルフレア。私ね…もう迷わない。」
「うん?」
「村を守る、って決めた。誓いを貫いて、祈り続ける。」
「………そうか。」
「あなたの…おかげ。」
気付かなければよかったんだ。
「ありがとう。」
誓いを立てた君に手を出すことは
君を苦しめることで
君を傷つけることで
触れることも
手に入れることもできない宝なら
いっそこの気持ちなど消えてしまえ
「さっきの曲…もう一度唄ってくれないか。」
の口から 再び美しい旋律が生まれる。
その歌が、俺に向けられていたとしたら
どれだけ幸せだったろう。
分かってるんだ
いつだって
その瞳に映っているのも
その心が想っているのも
その歌の行き先も
俺じゃない
神だ――――――。
(神と好きな相手を取り合うなんて、馬鹿馬鹿しい話だ。)
ああそうだ。
なんて馬鹿馬鹿しい話なんだろう。
争うにも争えないじゃないか。
初めからこの感情がなかったことにすれば
諦められるのだろうか
チクチクと痛む心の悲鳴は いつか止まるのだろうか
「愛」と名前をつけるには曖昧で
淡くてぼやけていた気持ち
確かに「不確か」だった気持ちが、「確か」になっていく
***
好きだと気付いた時には、君は僕の腕を離れた後で。
バルフレアの気持ちの変化は
とても書きたかった話なのに苦心の作です。
ヒロインが「村を救うんだ!」と改めて決意を決めたことはバルにとっても嬉しいことなんです。
だけど、自分がヒロインを助けたことが、結果としては裏目に出てしまう。
バルフレアが報われない君にも思える話。
そしてヒロインがヨーテに「ヒュムではない」と言われた真意とは?
そしてヒロインに心の変化は訪れるのか!?
(大袈裟な前フリは後々首しめるからやめなさいって)