「森のささやきを聞いた。持って行け。」

 

ミュリンを連れてエルトの里へと帰ってきたヴァンたちを迎えたのは

「レンテの涙」を差し出したヨーテの姿だった。

 

 

 

 

 

 

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「『レンテの涙』がお前を赦す。森を越えてどこへなりと行くがいい

「それだけなの…?!」

 

ヴァンにレンテの涙を手渡すと、

踵を返し森の中へと戻ろうとしたヨーテに近づき、ミュリンは問いかける。

 

「森を出て知ったわ。世界は動いている。なのにヴィエラは、何もしないというの?!」

「ヒュムの世にかかわるのは――ヴィエラの性ではない

 

外で何が起こっているのか知りたい。

森を出て、もっと沢山のものを見てみたい―――。

 

そう言うと、返ってくる言葉はいつも同じだった。

『ヴィエラの性ではない』

聞き飽きるほど聞いた言葉は、ミュリンの心の痛みを大きくした。

 

「嫌なのよ!イヴァリースが動こうとしているのに、ヴィエラだけが森にこもっているなんて!

 私だって森を出て、自由に生きたいのよ 。」

 

 

「やめておきなさい。」

 

 

意外な事に、そう告げたのはヨーテではなくフランだった。

ミュリンは驚愕した。

同じように、「森と共に生きる」ヴィエラの掟に疑問を持ち、森を出て行ったフランが

何故そんなことを言ったのか、分からなかったからだ。

 

フランたちを傍観していたヴァンの肩に、トントンとバルフレアの指が触れる。

「表で待っていよう」と目でそう言われ、ヴァンたち6人はフランを残しその場を離れた。

ヴィエラの掟について、ヒュムが首を突っ込むべきではないし 口を出すほど単純な問題でもない。

 

 

 

「あなたはヒュムに関わらないで。森にとどまり 森とともに生きなさい。それがヴィエラよ

「でも 姉さんだって――――。」

「もうヴィエラではなくなったわ。森も里も家族も捨て―― 自由を手に入れた代わりに、過去から切り離されてしまったの。

 今の私には森の声も聞こえない。ミュリン あなたもそうなりたい? 」

 

自由を取るか。森に住み、大切な家族と時を過ごすか。

どちらか1つしか、手に入れることしか出来ないのだ。

だがヴィエラにとって、森の声が聞こえないのは とてつもなく苦しく、悲しいこと。

ヴィエラとして生まれてきたのに、ヴィエラとしての幸せを 失わなければならない辛さ。

 

森を飛び出したフランだからこそ、その言葉には重みがあった。

 

「姉さん――――。」

「いいえ。あなたの姉はもう ひとりだけ。私のことは忘れなさい…。

 

こらえきれず、これ以上 姉であるフランの顔を見ることが出来ず、

ミュリンは涙を流し走り去る。

 

 

「…嫌な役をさせたな。」

「あの子は掟に反発している。掟を支えて里を導く立場のあなたより―― 掟を捨てた私が止めた方がいいわ。

 頼みがあるの。私の代わりに声を聞いて。」

 

 

 

 

 

 

「――森は私を憎んでいる?」

 

 

 

 

 

 

ヨーテは両手を掲げ、森に話しかけ返事が来るのを待つ。

森を愛する彼女を、森は憎んでいるだろうか―――。

 

 

 

 

「…去っていったお前を、ただ懐かしんでいるだけだ

「ありがとう。嘘でも嬉しいわ。」

「気をつけろ。森はお前を奪ったヒュムを憎んでいる。」

「今の私はヒュムと同じよ。そうでしょう?」

 

 

 

 

 

この地を訪れることはもう二度とないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さよなら、姉さん―――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「ヴァン、ちょっとストップ。」

 

ずんずん先頭を歩くヴァンをが呼び止める。

なんだ?と不思議そうにの元へとかけ戻ってきた。

 

「どうしたんだ?」

「ここから先は、ちゃんと上着着なきゃだめよ。」

 

はい、と渡されたのは獣の皮で作られたローブ。

周りを見れば、皆それぞれ確かに上着を羽織っていた。

 

「あったかいけどさー…動きにくいな…。」

「気持ちは分かるけど、いくら元気なヴァンでも凍死しちゃうわ。

 

確かに向かってくる風は、エルトの里から出てきた時とは違い、次第に冷たくなってきた気がする。

 

「ってことは…。」

「そう、ブルオミシェイスに近づいてきたってことね。」

 

それを聞くなり、ヴァンは勢い良く走り出した。

 

「よーしっ!何してんだよ、早く行こうぜ!」

 

 

『あれでどこが動きにくいんだろう…』と皆が思ったのは言うまでも無い。

 

 

 

 

 

ゴルモア大森林を抜けると、そこは一面の雪景色が広がっていた。

極寒の地 パラミナ大峡谷。

ヤクト・ラムーダの山岳地帯を走る大峡谷で、一年を通じここは雪に覆われている。

 

ヴァンとパンネロは、初めて体験する雪と寒さに興奮し他の皆も、壮大な銀の世界に目を奪われていた。

は、この頬を冷やす風に懐かしさを感じていた。

冷たい風。白い雪。あまりの寒さで、凍ってしまった雪を踏む感触。

 

本当に色々あったと思う。ラバナスタへやってきて早速ナルビナの地下牢に送られ…

ヴァンたちと出会った。

みんな、始めはきっと「ここまで来る」とは思わなかっただろうな。

私は…ナルビナ脱出して、終わりだって思っていた。色んな国、土地へ行ったり

まさか王族の人と一緒に旅をするだなんて、考えもつかなかった。

 

戦争で命を落とすのは、決して兵士だけではない。

世界中にいる全ての生き物が、いつ何時死んでもおかしくはない。

ここにいる誰かが、どんな形で巻き込まれるか分からない。

…何としてでも、戦争を止めなければいけないのだ。

 

「(アーシェは…アーシェの気持ちは、どっちなんだろう…)」

 

今一番複雑な気持ちでいるのはきっとアーシェだ。

戦争は起きないほうがいいことは分かっていても、アーシェは色んなものを無くしすぎた。

帝国との、争いの中で。

 

「(ブルオミシェイスへ行くことが、いい影響を与えてくれたらいいな…)」

 

 

 

***

 

 

「きゃああああ!」

 

険しい雪の中を進んでいた一行に突然女性の叫び声が聞こえた。

ホワイトウルフ達に囲まれた女性の横では傷を負った男性がうずくまっている。

女性の手に武器はない。無防備な女性に、ウルフは襲い掛かった。

 

「(敵の数は…1、2…4匹!)」

 

すばやくバッシュは女性の前に立ち、襲い掛かってきたウルフを切り倒す。

 

「サンダラ!」

 

の唱えた魔法は見事に命中し、残る2匹はバルフレアとフランの手によって倒された。

パンネロとアーシェは、男性の傷の治療に当たった。

 

 

 

「…大丈夫かぁ??」

「は、はいっ。ありがとうございました。行きましょう、あなた。」

 

ペコペコと頭を下げて、二人は凍てつく吹雪の中へと消えていった。

 

「ほんとに大丈夫なのかよ。ってかさ、これで何人助けたんだ?うんと…6人目?」

「7人目だ。どこかの侵略国家の所為で、ああいう難民が増えてるのさ。」

「これ以上増やさないために友好を訴えて大戦を防ぐんです。父は必ず和平を選びます。」

「大した自身だな。父親だろうが――結局他人だろ。」

 

たとえ血が繋がっていようとも結局は他人。

そうバルフレアは言い捨てると、その場を去った。

うちひしがれた様子のラーサーにヴァンは声をかけるも、呆然と立っているだけ。

 

 

「何か……。」

 

なんか…

 

さっきの言葉、怒り…ラーサー様だけに向けただけじゃないみたいな……

 

 

 

 

その後。

雪と風が激しくなったこともあり、一行はここで夜を明かすことにした。

先程の一件以来、すっかり姿を見せなくなったバルフレアを、夕飯の知らせを持って探す。

 

 

「……あっいた!バルフレ「…くそっ!」

 

 

 

イライラする。腹が立つ。この大人気ないほどの苛立ちの原因は分かっている。

半分は無邪気すぎる程、父を過信するラーサーへの苛立ちで、

…半分は自分へだ。

フランが顔に出てると言ったが、あながちはずれじゃないかもしれない。

 

父を理解出来なかった自分。理解できず、逃げ出した自分。

にも関わらず、あの男はこうして今も俺の心に現れて過去に縛り付けて離さない。

 

 

「……バルフレア…。」

 

 

ためらいがちな名前を呼ぶ小さな声。風の音に消されてしまいそうなの声。

 

「なにか…あったの?」

 

 

 

消したくてたまらない苦い過去。

逃げ出したくて仕方がない隠された過去。

話したとして、どうする―――?

持ちきれないくらい色んなもの背負ったこいつに、無理矢理預けるのか?

 

自分でも手に負えなかった、自分の過去を。

 

 

 

 

「…何もねぇよ。」

「そんな辛そうな顔して…何もないわけないよ。」

 

 

「何もねぇって言ってんだろ!」

「!!」

 

 

 

 

 

私が泣いたら 決まってあなたは隣にいてくれた

分からないように こっそり泣いても 

 

私を見つけて、大丈夫かって聞いてくれるの

 

 

 

 

 

「あなたがそんなつもりでなくても、私は沢山助けてもらったの。

 それなのに、私はあなたに何も出来ないの?

 見返りとか、そのお礼とか、そんなんじゃなくて…バルフレアの力になりた―――…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(――あなたのことを何も知らない私が あなたを助けられるというの?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい、話したくないこともあるよね。」

 

 

 

 

 

バルフレアの心は、更に痛くなった。

 

 

「もうすぐご飯だよ。 ラーサー様と気まずいかもしれないけど、

 ご飯は一緒に食べるほうが美味しいから!戻ってきてね、それじゃあ。」

 

 

 

 

 

瞬きひとつするだけで涙が溢れてしまいそうなくせに

いつもと同じように が綺麗な顔して笑ったから。