広くてとにかく大きい。
それがの、初めて降り立ったアルケイディアの街の印象であった。
ラバナスタやビュエルバも立派ではあるが、やはり一味違う。道行く人もみなどこか高貴なオーラを放っているし
店一つにしても一軒家ほどの大きさがある。
「そういえば…お名前はガブラスさんでよろしいのですか?」
「…名前など聞いてどうする。」
「コミュニケーションにはお名前は必要不可欠ですよ?」
「…俺はお前となれ合う気はない。」
そう冷たく言い放つと、ガブラスは視線すらもから外した。それはつまり、会話終了の合図であり
これ以上口を開くなという意味である。はそれを充分理解しているが、相変わらずにこにこしているのだ。
「ん〜…ということは、ガブラス・フォン・ローゼンバーグさん?」
「違う。ガブラスは母方の姓だ。…二度とローゼンバークの名を呼ぶな。虫唾が走る。」
「…だからお名前をお聞きしたのに。」
「無駄口を叩くのもいい加減にしろ!」
バッシュと共に旅をしていた人物というだけで、ガブラスを苛々させるには充分なのだ。
何としてでも会話を終わらせたいガブラスは、鋭く睨みつけて脅かすつもりでいたのだが。
……振り返った先にはいない。
「とてもおいしそうなパンですねー!」
「さっき焼けたばかりのパンだよ。綺麗なお嬢さんだ、サービスしとくよ。」
「まぁ、ありがとうございます。」
一気に頭に血が上るを感じた。その瞬間には、大声で怒鳴りつけ強く腕を引っ張っていた。
「お前、何をしている!」
「何って…パンをいただきました。……ガブラスさんも欲しかったですか?」
「ふざけるな。お前…死にたいのか。」
空気が一気にピリピリしたものに変わった。一部始終を見ていた兵士や政民も、真剣な面持ちで二人を見つめる。
――大変な事態になっているのを気付いていないのは、目の前のこの女だけだ。
とはいえガブラスにしてみれば、相当辛抱している方なのだ。
ヴェインが客人扱いしていなければ、とっくに斬り殺していたであろう場面は多々あった。
「…初めてガブラスさんの方から話しかけてくださいましたね。」
果たしてあれを話しかけると言ってよいのだろうか。答えは微妙だが、気が抜けたのは事実だ。
ガブラスとて、本当に嬉しそうに笑う彼女を殺したい訳ではないのだから。
「…次に勝手に動いてみろ。その時は容赦なく斬る。」
「ええ、ごめんなさい。もうしませんわ。」
何故こんなにも大勢の前で、たった一人の女にここまで振り回されなければならないのだろうか。
ジャッジマスターともあろう者が、どうして。
…もっとも、今の自分は立派な肩書きなどない 犬同然の立場なのだが。
24
アルケイディアの街も大半見て回り、そろそろ戻ろうとしたところだった。
どうせこの下は旧市街地。外民の溢れ返っている場所など案内する必要もない。
「おい…。」
戻るぞ、とに声をかけようとした。返事もない。気配もない。
旧市街地の方から聞こえる子供の声。
「ありがとう!お姉さん!」
「1つしかなくてごめんね…。お友達と分けて食べるのよ?」
「うんっ!ほんとにありがとう!」
嫌な予感がした。案の定それは当たっていた。
一体誰が予想できたであろう。見知らぬ土地。見知らぬ人。そんな中で、先程もらったパンを飢えた子どもに
分け与える人間など、少なくとも弱肉強食、ここアルケイディアではありえないことだ。
それだけじゃない。ついさっき、この女は「勝手に行動しない」と誓ったはずだ。それがどうだ。
勝手に離れ、勝手に下に降り、勝手に歩き回っている。
とても手に負える相手じゃない。思考も言動も、読みにくすぎる。そう思ったガブラスは、
さっさとを呼び戻そうと階段を下りた。旧市街の入り口で見張りをしていた兵士も驚いた。
なんたってジャッジマスターが、薄汚れた旧市街に足を踏み入れたのだから。
「誰か…誰かこいつを助けてくれ…!大怪我してるんだ…!」
「大変…!こんなに怪我して…なんとかしないと。」
呼び止める暇もなく、は声のした方へ向かう。だが残念なことに、
はアイテムを持ち合わせていないし、頼みの綱の魔法も特殊なバングルの所為で使えない。
「…………これさえ外せれば…。」
ガブラスは今日一番、驚愕した。
「…!お前何を考えている…!ヴェインから聞かなかったのか!?」
「聞きました。ドラクロアの方でなければ安全に外せないと。でも運がよければ…。」
尚更分らない。このバングルを下手に外そうとすれば、一瞬のうちに体がふっとぶ。仮に、それこそすごい確率で
上手くはずせたとしても、その時は本当に、斬らなければならない。脱走、反逆と見なされ その場で処刑。
手荒な真似はするなとは言われていても、もしそんなことがあれば殺せといわれていた。
何も知らず本能のまま動いているなら、嘲笑のひとつもできた。馬鹿な女だと。だが目の前の女は違う。
全て分かっていて、動いている。自分にふりかかる運命をとっくに覚悟して、動いている。
「やめろ。」
バングルを必死に外そうとするの手を止める。
考えるより先に、それこそ無意識に体は勝手に動いていた。触れた手のぬくもり。震えも怯えもない暖かい腕。
「なぜそこまでする必要がある。」
「…怖くないわけじゃない。私だって…死ぬのは怖い。でも、今この人を見殺しにするのは死よりもずっと辛い。だから…」
この手を離してくれと、目が訴えている。
にこにこと笑っていた面影はひとつもない。それどころか、睨むような強い視線。
この手を離してしまえば、待っているのは死のみ。それでいいと思っていたはずだ。この女が死ねば、こいつの仲間は、
バッシュは、どう思うか。考えただけで嬉しくなる。
それなのに、躊躇している。離してしまえばいいのに、このまま手を離してしまうことを 躊躇している。
「自分が死ぬことになるんだぞ。」
「それでも構いません。どんなに低い確率でも、この人を助ける方法があるなら。」
ガブラスは大きくため息をついた。
赤の他人と自分の命を天秤にかけるような考えで、よくここまで生きてこれたなという思いなのか、呆れからなのか。
「おい。」
「はっはい!」
「こいつにポーションをやれ。……いくぞ。」
見張りの兵士にそう言いつけると、半ば強引にの腕をつかみ歩き出した。
もっとも歩いているのはガブラスだけで、は何度も躓き転びそうになっているのだが ガブラスの足は止まることはい。
「あの…勝手に動いたのは謝ります。だからそんなに…。」
「駄目だ。今手を離したら日が暮れるまで帰れないからな。…茶の時間に遅れる。」
「お茶の時間?」
「ヴェインがお前と茶をしたいそうだ。さっさと来い。これ以上手間をかけさせるな。」
***
「…ごめんなさい、お茶に誘っていただいてたとは知らなくて…。」
「いえいえ、構いませんよ。」
「あの!ガブラスさんは悪くないんです。私が寄り道ばかりしてたもので…。」
「そうでしたか。……すっかり仲がよろしくなったようで何より。」
大きな窓から差し込む太陽の光。午後のティータイムにしては、その光は少し赤い。
やはり、この部屋でたった二人だけでいるのはいささか大きすぎる。ガブラスは、ヴェインの元へを連れていくと
さっさとどこかへ去っていってしまった。
「どうぞお食べになってください。…なぁに、毒など入っていませんから。」
「毒が入っているなんて、最初から思ってませんよ?本当、とても美味しそう。折角ですからいただきますね。」
そう言うと何の迷いもなく、はテーブルの上の茶菓子を口に含んだ。
ヴェインはただ、その様子をじっと見つめている。
「……私が実の二人の兄を殺し、父ですら殺めたという噂を知らないわけではないのでしょう?」
「…はい…。確かに、そのような噂があることは存じています。」
「なら貴女を殺めることなど造作もないこと。」
「それは…そうですね。」
少し温くなってしまった紅茶を一口飲んで、今度はがヴェインを見つめた。
「でも、分かりますよ。毒なんて入ってないって。何となく…ですけど。」
本当に美味しいお菓子ですね、と嬉しそうに笑って再び紅茶を口に含んだ。
その笑顔につられてなのか、なんなのか ヴェインは顔がほんの少し緩むのを感じた。今朝、初めて会話したときとは全く違う。
あの時はなかなか緊張がとけない様子だったが、今はとてもリラックスして、とても楽しそうにこの時間を過ごしている。
そう思うだけで、不思議とヴェインの心は温かい気持ちで満たされるのだった。
「もし、その噂が事実だとしたら…どう思われるのです?」
「私は…あなたがお兄様やお父上を殺めたことよりも…。あなたがどんな思いでおられたのかの方が気になります。」
「…………ほう?」
「あなたの意志とは関係なく、そうしなければならない事情があったなら…。それは心がきっと痛くて苦しいはずです。」
「痛み?そんなものを感じているなら殺めてなどおりますまい。」
ソリドールの剣として育てられてきた自分。
あの時、自分はどんな思いで剣を握っていただろうか。どんな気持ちで、兄を殺めただろうか。
「いいえ、それは違います…。」
あまりに昔のことすぎで、もう分らなくなっていた。
でもただひとつ。分かったことは、
「痛みを感じない人なんて、いませんよ。」
そんな言葉をかけられたことなんて、今まで一度もなかった。
***
※兜は基本的に無視してください(笑)
※時間の流れは基本的に無視してください。(笑)次回は普通に何日か経った後です。
ってかあんな無駄に広い平原やら海岸やら2,3日で越えられヌェー!
ガブラス編はどうも2話になりそうです。長くなりました、ということでまずはその第1段。最後はヴェインで終わりましたが。
ヒロインは策士です。天然ってわけではありません。(天然なところもありますが)
愛をふりまくヒロイン。波乱万丈です。
20080327